早稲田メンタルクリニック院長

早稲田メンタルクリニック院長のブログです。https://wasedamental.com

夏に思ったこと

 自衛隊時代の恩師らと会いました。そこで実際に話したり、後になって思いついたことをつれづれと書こうと思います。

 

① ブログ、顔出しなど
② 言語IQとマインドフルネス
③ 社会を変えたい
④ 教えをどこまで守るのか
⑤ 褒めること
⑥ オンライン診療


〇ブログ、顔出しについて
 治療者は患者さんにとって「鏡」であることがよしとされています。治療者の個人的な情報は患者さんの雑念を生んだり、治療の幅を狭めるといわれており(実際にそうなのですが)、なので、個人情報は極力出すべきではないのです。鏡というのは、治療者から発せられる雑情報を限りなくゼロにし、患者さんから発せられた言葉などの情報をきれいに打ち返すことの比喩です。


 一方で、治療者の情報が全くなければ、患者さんも信用できません。個人情報はどこまで開示すべきなのか? 「医師免許を保有していること」から始まり、専門医の有無、出身大学、職歴…そして、最終的にはブログ、テレビのようなものまで。社会の変化の問題もあり、インターネットやSNSが普及し個人の情報というものに関する世間のセンスも、私が研修医の時とは全く違います。どこまで開示するのか、という調整は時代や社会の変化によって変わるのでしょうが、その匙加減に正解はないのでしょう。

 

 個人情報の開示はとても魅惑的です。このブログは患者さんたちへの心理教育的な意味のみならず、広告的意味もあります。この広告効果は高く、お金を払って業者さんのHPに名前を載せてもらうよりも、このブログのアクセス数の方が多くあります。個人情報の開示には経営的な魅惑があります。クリニックと言えども自営業であり、自分の家族や従業員、その家族のために僕らは必死に働かなくてはならないのです。いい治療をしていても、クリニックのことを知ってもらわなければ意味がなく、なので広告的に少しでもプラスになるものはやらなくてはいけません。

 また、当然、個人情報の開示それ自体に魅力があります。有名人になりたいという思いにも似た、虚栄心をくすぐります。我々は弱い心を持った一人ひとりの人間ですし、その魅惑に負けてしまうこともあるでしょう。
 テレビ出演に関しては、あまり広告的な意味はなく、どちらかというと虚栄心をくすぐられていることの方が強い気もします。テレビに出ると、周りのスタッフやビルのオーナーさんら、遠い親戚からは喜ばれますが、医師らからは白い目で見られることの方が多いような気もします。

 何がいいのか?

 私は一人の人間であり、一人の治療者なのですが、同時に一人の経営者でもあり、様々なアイデンティティがあり、それらは互いに競合します。
ただ、虚栄心には負けることなく、患者さんの利益を最優先に考えることは常に忘れないようにしないといけないなと思っています。

 

〇言語IQとマインドフルネス
 恩師らより、私個人の言語能力が低いこともご教授いただきました。「あいかわらず日本語が下手だな」「説明が下手だな」「言葉を知らないな」…。
 生きにくさを感じているから、精神科医という仕事を私は選んでいるのであり、私個人の生きにくさというのは、この言語能力の低さにも関連があるのでしょう。
 私自身は自衛隊出身であり、身体も動かしてきたので、マインドフルネスのようなものは嫌いではありません。前述の言語能力の低さも加味すると、身体で考え、理解することはとても興味があります。
 ただ、それらのことを加味しても、やはりクリニックでの診療・面接は1対1で人間が言語交流することに最大の意義や特徴があるのでしょうから、僕自身および当院としてはいわゆる普通のカウンセリングを重視したいと思っています。野球のピッチャーが、変化球投手であってもストレートに一番練習時間を割き、こだわるのと同じだと思います。

 

〇社会を変えたい
 社会的インパクトを残すために、クリニック経営をしているのだと思います。
 もっとカウンセリングを普及させたいという思いと、カウンセリングが普及した社会ではどのような価値観の変化が起きるのか、ということを知りたい、試したいという思いがあります。
 私がこれまで働いてきた大学病院や民間病院、クリニックでも当院ほどカウンセリングに力を注いでいるところはありませんでした。もちろん、私のカウンセリングの指導者たちは、カウンセリングを重視した仕事をし、クリニックや病院を含めた組織運営を行っています。そこで働くのもよかったのですが、しかし、社会的インパクトを残すためには、少しでも早く、クリニック経営を始めたかったのです。大きな仕事をするには、それだけの時間が必要だからです。
 幸い、カウンセリングの世界は同じ職場にいなくても、指導を受け続けることができます。10年、20年と指導を受け続けることができ、また学び続けることができます。
 そして、それと同時に臨床現場でも、様々な挑戦を行っていきたいと思っています。

 

〇教えをどこまで守るのか
 気づけば私も初学者という甘えられる立場でもないため、教えをそのまま守っていくだけでは不十分となりました。そもそも教えの中に、「教えに対して批判的であれ」というものが含まれていますから、やはり自分で考え、その場その場で対応していくことが大事だと思っています。
 教えを忠実に守り、それを臨床現場でそのままあてはめたいという欲望や、指導者と同じような臨床を行いたいという欲望があります。
 その欲望にあらがうのは案外、とても難しいです。素直で、まじめな人ほど、この欲望に負けてしまいます。自分を半人前だといい、謙虚にふるまうのはそれはそれで美徳のように思われますが、別の面からみると、それは責任の放棄のようにも見えます。
 教えを守りながら、自分で開拓していく。矛盾した言葉ですが、それが大事です。

 臨床を続けて感じることは、矛盾した言葉や逆説的な言葉にこそ、真実があるということです。

 

〇褒めること
 カウンセリング的な治療や薬物療法のように明確な答えもなく、治療者は不安感や孤独感を抱き続けます。そういう時には、権威ある人の言葉をそのまま実行したいという欲望に駆られます。そういう時は、治療がうまくいかなくなる兆しである可能性が高いです。
 恩師らと話しているなかで、私自身がいかに「褒められてきた」のか、語られ、いかに苦労されていたのかを聞きました。


「叱られながら育てるのではなく、褒めながら育てなくてはいけない」

 世間の自衛隊のイメージとして、激しい罵声を浴びせられながら、厳しい訓練に耐えて、鍛えられるというのもあると思います。もちろん、そういう側面もあるのですが、それよりも「褒めて育てる」方が重視されていた気がします。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」
山本五十六司令長官の言葉ですが、これは自衛隊カルチャーの中では全員が知り、共有している言葉でした。組織が同じ言葉をしり、同じ価値観をもつことはすごいことですよね。
 クリニック運営でも、心理の人や事務の人をいかに褒め、感謝の意を示すのか。
反対に、治療であるカウンセリングの場では、そのような行為は禁忌のように扱われていますが、直接的な表現で「褒める」ことはしなくても、応用できることもあるのかなと思います。

 

〇オンライン診療

    スカイプとか、便利ですよね。
 将来的にはオンライン診療は当たり前のものになると思うので、それらもできればと思っています。

 が、実際にはオンライン診療を行うまでに、ソフトウェアなど技術的な問題や医療事務員の技術習得レベルの問題、何よりオンラインの場における診療技術の問題などもあり、なかなか実行には移せずにいます。
 5年後までを目安に、頑張れたらなと思いますが…。

 

(2019年4月から一緒に働いてもらえる、医師、心理士の募集をしています。
 また詳細は後日、indeedで発表させていただこうと思っています。よろしくお願いします。masuda@wasedamental.com)